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アイドル
わたしが青春をかけたアイドルを紹介。しかもかなりアバウトに。



斉藤由貴
斉藤由貴とはマジで結婚したいと思っていた。最初にのめり込んだのは彼女の出世作「スケバン刑事」である。もちろんヨーヨーで痛めつけて欲しいと思っていた(笑)。実は一番最初に自分の金で買ったレコードは彼女のデビューアルバム「AXIA」である。アルバムタイトルは当時彼女がCMをしていた富士フィルムのカセットテープ「AXIA」からのタイアップ状態だったと思うが、内容としては今のアイドルにはない良い楽曲そろいの一枚である。中でもCMソングになった「AXIA〜かなしい小鳥」と「土曜日のタマネギ(谷山浩子・作)」はのちに12inchシングルになるほどの名曲である。ちなみに「AXIA〜かなしい小鳥」はパパイヤパラノイアもカバーしている。そして斉藤由貴はアルバムを出すごとに作詞なども手がけ、アーチスト傾向になっていく。脱アイドル。映画「雪の断章」では相手の男優とキスシーンがあったらどうしようと、ドキドキしながら見ていた。「クイズドレミファドン」で山下真司とペアを組んだとき、山下の無能さにイライラしたこともあった。そんなこんなで気付いてみれば、某法人団体で知り合った男と結婚!俺も入っとけば斉藤由貴と結婚できたかも知れない、と想像しただけでムカムカした甘い思い出。



西村知美
西村知美とはマジで結婚したいと思っていた。彼女にのめり込んだきっかけはたまたまハガキを出した「ドン松五郎の生活」の試写会を見てからだ。当時は菊池桃子にそれとなく似ており、それとダブってさらに好きになっていった。出すシングルのタイトルにはことごとく「夢」関連の言葉が入っており、まさにドリーミングアイドルであった。通常のアイドルならばイベントの握手会のときはサインもするものだったが、彼女は当時のアイドルの中では一線を画しており、握手会でサインを入手することは困難であった。別に追っかけではなかったが、なるべくなら彼女にお近づきになりたいと思った挙句、ファンクラブに入会した。会員番号「4648」、会員証には汚い字で私の名前が書いてあったが、今考えると、彼女の直筆だったかも知れない。誕生日にはサイン入りのバースデーカードが送ってきた。マネジャーが書いたかも知れないが。怪しげなイメージビデオも買った。今見たら、絶対トリップするはず。そんなドリーミング知美がまさか天然キャラでブレイクするとは・・。そんなこんなで気付いてみれば、元・欽ちゃんファミリーの一員と結婚!いやぁチャチャにもなってみるもんですね。



水谷麻里
水谷麻里とはマジで結婚したいと思っていた。彼女はデビュー曲「21世紀まで愛して」からのファンである。ラジオ番組も聴いていた。当時はデビュー前の酒井"のりピー"法子がアシスタントとして番組を一緒にやっていた。楽曲は野村義男や佐伯ケンゾウも提供しており、ラジオでも時々パール兄弟の話しなどしていた。初期の楽曲は乙女の刹那さみたいな感じで好きだったが、後期になると「ポキチ・ペキチ・パキチ」など意味不明な楽曲も発売されて、「トン吉・チン平・カン太かい!」とツッコミを入れたくなった。よく握手会にも行ってカメラ小僧とまでは行かないが、望遠の無いカメラで写真も撮っていた。彼女はカメラを向けるとアカンベェをして普通のアイドルではない一面を見せていた。テレビドラマでの股間を触るシーンは今でも脳裏に焼きついている。そして突然の水着写真集「MARI」発売!グラマーでもないのに超面積の少ない水着を無理やり着せられた彼女を見て官能心より「かわいそう」という感情しか出てこなかった。そして突然の休業宣言。その後、しばらくして、地元でラジオ番組をやっているという話しを聞いて安心したのもつかの間、なんと「ストップひばりくん」で有名な漫画家・江口寿司と電撃結婚!そのラジオ番組がきっかけとか・・・。年齢的には犯罪でしょ!あー、俺も漫画家になっときゃ良かったと・・・。(写真提供:IZZY氏)



森川美穂
森川美穂とはマジで結婚したいと思っていた。デビューシングル「教室」は衝撃的に暗い曲だった。個人的解釈だと不本意に妊娠してしまった女子高生が退学処分を受け、好きだった男の子に想いを告げるという内容である。さらに彼女の唄の上手さが、その悲壮感に拍車を駆けるという名曲である。デビューしばらくして「ラブリーナイト」というAMラジオ番組を始めるのだが、その素のままのDJっぷりに益々もって卒倒していった。どちらかと言えばムッチリタイプの彼女はアイドル雑誌にも、そのムッチリした太ももをあらわに、クラビアアイドルのようなポーズでわたしを挑発してきた。そして「森川のセンス」なる楽譜付写真集ではVゾーンの激しい水着姿で挑発してきた。音楽面で言えば大きく「VAP時代」と「東芝EMI時代」に分かれる。デビューはVAPから作品をリリース、季節ごとにイメージにあったアルバムを出し、楽曲にも恵まれていたが、東芝EMIに移籍後はダンサブルな楽曲中心で曲の最後がだいたいフェイドアウトするというお粗末な状態であった。その頃のコンサートに行ったことがある(しかも最前列)が、黒人ダンサーを従えてのかなり熱いノリ(笑)のコンサートであった。しかし、悲しいかな、アニメソングを歌っていたという関係上、会場には年齢不詳のオタッキー軍団が・・。もちろん彼らの体内にはダンサブルなソウル(魂)が潜んでいる訳もなく、黒人ダンサーの「ミナシャーン、踊ッテクダシャーィ!」という叫びも通じなかった。こうして長いマイナー路線を歩みながら、やっと陽の目を浴びたのが、皮肉にも「夢がMORIMORI」というバラエティー番組であった。ただ単に名前に「森」がついているという理由だけのキャスティングだったと思うが、持ち前の運動神経の良さを全面にブレイクした。ようやく「森川美穂」の話しを回りにしても理解してくれる時代が来た。しかし、最近某所で目にした情報によると結婚して子供までいるとな!あー、またやられたって感じ?



宍戸留美
宍戸留美とはマジで結婚しようと思っていた。彼女を初めて見たのは、4枚目のシングル「地球の危機」をテレビで歌ってる時だった。とてもアイドルとは思えないギターイントロで始まり、「地球のキッキ♪」と連呼する彼女に秒殺されてしまった!なんだかアイドル時代はエキセントリックな衣装(金色のセーラー服とか)で歌うアイドルとして知名度があったようだ。1stアルバム「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・シ・シ・ド・ル・ミ」の帯には「あれれ?るみちゃん、どうしたの?だいじょうぶ?」と思いっ切り書かれている。アルバムはほぼパパイヤパラノイアの石嶋由美子が作詞しており、歌い方も結構似ている部分がある。特にパンキッシュな曲に関しては顕著に感じた。「BGMは当然、ピストルズ♪」とかいう歌詞も飛び出す歌謡パンクアルバムであった。二枚目のミニアルバム「プンスカ」はデジタル歌謡曲であった。さて、そんなこんなで「ホット・スケッチ」という写真集(フライパンで乳を隠すという衝撃的な写真集)を発売後はなんだか見かけないなぁと思っていたら、さすが宍戸留美である。自分でマネージメントも勤めながら、フリーアイドルとして活動するようになった。アイドル投稿写真系雑誌に「消えたアイドル」と書かれれば、「ちゃんと生きてます」と自ら投書したという。95年にはインディーズでの1stアルバム「SET ME FREE」を発売。海外でもかなりの評判だった!インナーの写真もランジェリー姿で写っており、二度美味しい!パンク色は無いものの歌詞には相変わらずパンクテイストが!この頃のライブに行った事があるが、彼女のファンというのは大きく分けて二つある。アニメの曲を歌っていたということでアニメファン、そして何故かロック系の人にもファンが多い。恐悪狂人團のクレイジーSKBもその一人である。ゆえにそのライブはそういう二種類のファンで埋め尽くされていた。実に面白かった。その後、ミニアルバム「深夜徘徊」(作曲・演奏にはexコブラのヨースコーが参加)「バンビ・ガーデン」を発売。バンビ・ガーデンの発売記念キャンペーンには近くのタワーレコードに来店したのでカメラ片手に会場へ向かった。一時間ほど早めに着いたが、たまたま彼女も到着したらしく、私の目の前を横切ってタワレコの店員に声をかけていた。あ、やっぱりマネージメントも自分でやってるんだ!とその時再認識した。当然サイン会にも参加した。「名前入れて!」って頼んだら気さくに書いてくれた。うーん、感激!今は、どちらかというと声優さんの仕事が多いようだが、歌の方も出してもらいたい。唯一、結婚してないのが嬉しい限りですね。



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