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ザ・スターリン〜ソロ活動まで紹介
リリース作品や活動履歴等は
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ザ・スターリン
('80.6-'85.2)
ザ・スターリンとは80年代にスキャンダラスな話題を世の中に提供したパンクバンドである。って言ってもいまさらここを見ている人には説明不要かと思いますが。
私がザ・スターリンを聴くようになったのは新生スターリン結成のちょい前ぐらいだったと思います。名前は充分知ってましたがなかなか聴く機会が無くて、たまたまレンタルレコード屋の閉店セールでレンタル落ちのCDが格安で売っていまして、そこでメジャーデビューアルバム「STOP JAP」を入手したんですね。1曲目の「ロマンチスト」からあまりのかっこ良さにやられてしまいました。この曲は死ぬまでお気に入りだ。それからというものコツコツとザ・スターリンの旧譜を探し回って、とにかくヘヴィーに聴き込みました。
ザ・スターリンというバンドは遠藤ミチロウという方が結成していたんですが、彼はフォークをやったり、肉体労働者やったり、放浪やったり、エロ本の男優やったりといろいろな寄り道をしながらザ・スターリンを結成。その鍛え上げた筋肉美を誇示するかのようにステージ上では全裸は当たり前だったようだ。1stアルバム「trash」はインディーズながらも驚異的な売り上げを記録し、いまだ50000円程度のプレミアが付いたり、ブート盤が出るほどの人気振りである。
そして30歳にしてメジャーデビュー。30歳にしてデビューだなんて、はっきり言って励まされます。先に述べた全裸はおとなしいもので、放尿、汚物臓物ブチマケ、フェラチオ強要など、80年代では当たり前とされていたパフォーマンスで世間を騒然とさせた。これはじゃがたらのライブを見た遠藤ミチロウが、「人の嫌がることをすれば客が喜ぶんだ」と解釈の元にやり始めた行為らしい。しかし、これはミチロウがリスナーへ対する愛情表現だと思います。こんなミチロウは私生活も破滅的かと思いきや、至って真面目だったらしい。
今思うと、「ザ・スターリン」というバンドはマスコミをうまく利用した商業的パンクバンドだったように思える。たまたまそれがパンクだったわけでミチロウとしてみれば、フォークでも何でもよかったんじゃないだろうか?ザ・スターリンは後期になると、解散後のグロテスク・ニュー・ポップを思わせるようなサウンドに変化していく。ベースにヒゴヒロシを迎えて、演奏面ではランクアップしていった。しかし、85年に解散。その解散までもが商業的な解散劇となる。計算されつくされたバンドであった。



自閉体
('79.10-'80.2)
遠藤ミチロウがザ・スターリン以前に組んでいたバンドとして知られているバンドである。活動歴はわずか4〜5ヶ月程度でありながら、そのライブテープは某オークションで信じられない金額で取引されているのもチラホラ(実は元々はミチロウ宅からの盗品らしい)。既にザ・スターリンとしての土台がある程度固まっていたようで、演奏レパートリーにはザ・スターリン時代の曲が結構入っております。名曲「ロマンチスト」はもちろんのこと「冷蔵庫」「ハエ」、ビデオ・スターリン時代のバージョンをアップテンポにした「GASS」、原曲に近い「Light my fire(The DOORS)」「NO FUN(the Stooges)」など。いろんなサイトでこの音源の紹介がされているが、日時場所ははっきりしていないようだ。演奏の方はザ・スターリン時代に比べるとシャープさに欠け、ドカドカした感じがする。まぁ、音源の悪さのせいもあるかも知れないが。ともかくミチロウ本人ですら活動履歴を覚えていないということでますます関心を寄せてしまう。



ビデオ・スターリン
('87.6-'88.9?)
ビデオ・スターリンとはその名の通り、ビデオのみリリースするというコンセプトを元に結成されたスターリンのコピーバンド的バンドである。メンバーはオーディションにて決定されたらしい。
男性二人、女性二人という何ともうらやましい構成であった。演奏面はザ・スターリン時代より、よりソリッドでカッコいい。ブートで持っているライブテープでは「365」から始まるが、それはもう鳥肌モノである。特にベースのMAYの出す音は好きである。当時、ビデオ自体とてつもなく高いものでレンタルビデオでも2時間もので2,500円ぐらい取られてる上に永久会員10,000円なんてレンタル店があった。そんな時代に2,800円程度で発売された1stVTR「DEBUT」は驚異的な売り上げを記録した。これにはビデオの低価格という理由もあったと思うが、ソロ活動(GNP時代)にウンザリしていたファンが待ってました!と言わんばかりに飛びついたのも理由のひとつじゃないのかなぁと思った。
で、2ndVTR「LOVE TERRORIST」を発売するわけですが、この数ヵ月後、その中のスタジオ音源のみをピックアップした1stアルバム「-1」をリリースする。コンセプト的には崩れたものの、結構良いアルバムである。まぁ、2ndVTRを先に買った人は損した気分になったかも知れないが、ファンなら買っておけって感じですか。で、結局、1年程度で残念ながら解散してしまった。メンバーのその後はわかりませんが、ドラムのSHOKOは何と殺害塩化ビニルでちょっとメジャーな「AIDS」に加入しておりました。



スターリン
('89.1-'93)
「ザ・スターリン」ではなく、「スターリン」として復活。
メンバーはテクニック面ではすごい人ばかりであった。1stアルバム「JOY」はちょうど昭和天皇が崩御するしないのころで、予定よりも早く発売したと記憶している。リアルタイムでザ・スターリンを体験できなかった私にとって、願っても無い復活+作品リリースだった。しかし、蓋を開けてみるとやはり「スターリン」であって「ザ・スターリン」ではなかった。
2ndシングル「勉強ができない」を聴き、久々のミチロウ節を感じた私は迷わず2ndアルバム「STALIN」を購入するも、重くて暗いサイケデリックなアルバムでガッカリした。ここまでが「スターリン」第一期とすると、第二期はギターに元HEARTの斉藤律を迎えてから解散までの時期であろう。
この頃から海外へのツアーも行うようになる。「ザ・スターリン」の頃にしてればなぁと思ったのだが。斉藤律加入第一弾の3rdアルバム「殺菌バリケード」は斉藤律が加入したせいか、出だしからかなりの打ち込みハードサウンド!「これだ!」と喜び勇んだ。ナポレオン山岸(exファントムギフト)も参加したこのアルバム自体、ハードな仕上がりとなっており次回作もかなり期待した。
4thアルバム「スツリート・バリュー」はハードでもハードロックより。誰の趣味だったんだろうか?ちょっとついて行けなかった。ライブアルバム「行方不明」は新旧の曲を織り交ぜたファンとしては嬉しい一枚であった。
'92年に山下達郎のカバー曲シングル「ライド・オン・タイム」を発売。元々カバー曲をやる予定でいたが、なるべく思い入れの無い曲をということでこの曲に決定したらしい。この曲が収録された5thアルバム「奇跡の人」は小林よしのりがジャケットを担当。そのふざけたジャケットに購買意欲が完全に失われ、中古屋に出るまで待って買った。「ライド・オン・タイム」同様、ノイジーなギターを前面に押し出したグランジサウンド(死語)。ちょうどこの時期のライブに行ったが、斉藤律がデイジーチェインソー(海外の狂気のグランジバンド)のTシャツを着ていたところから察すると、完全に彼の趣味で出来上がったアルバムだったんであろう。
で、ある日、深夜のAMラジオを聴いていたら、突然のスターリン解散の情報。ミチロウもかなりショックだったらしく「もう、バンドは組まない」とコメントしていたそうだ。
その後私は「JOY」と「STALIN」「ストリート・バリュー」を中古屋へ売り飛ばしたのであるが、今思うと1stと2ndが一番良かったと思う。今一番聴きたい「スターリン」のアルバムがこの二枚だからだ。斉藤律が加入してからのこのバンドはなんとなく子供っぽく感じてしまう。解散後、ミチロウはフォークスタイルでのソロ活動へと入る



遠藤ミチロウ(ソロ活動)
('84.4-)
ソロに関してはザ・スターリン時代、GNP時代、新生スターリン解散後とありますが、ザ・スターリン時代のソロ作品「ベトナム伝説('84.4)」はソロかなぁ?という感じはあります。実際のところ、参加メンバーはザ・スターリンのメンバーとして履歴に残ってるようですし。ちなみにこの作品は今でこそブームになってしまった「カバーアルバム」と言っても過言ではなかろうかと思います。大抵のカバー曲なんて、原曲の良さを丸っきり無視しやがったとんでもないモノが多い中、「ベトナム伝説」はカバーでありながら、オリジナルのように演奏し、一線を画している。ほとんどがミチロウ本人が愛して止まない曲ということで原曲に対する愛情が感じられる。収録されている「仰げば尊し」はいまだに卒業シーズンになると耳にすることができる。
ザ・スターリン解散後、この「仰げば尊し」の別アレンジ収録の12inchEP「the END」を発売するが、ちょっと聴けたモンじゃないというのが正直な感想。
そしてグロテスク・ニュー・ポップ(GNP)なるコンセプトを掲げたソロ活動へ突入、下山淳の変態的ギターの炸裂するサウンドとなる。何故かキングレコードという演歌とアニメしか発売してないようなレコード会社から3枚のアルバムを発売する('85-'87.7)。普通に聴く分にはかっこよいと思うが・・。
そしてビデオ・スターリン〜新生スターリンを経て、'93年ごろから弾語りスタイルでのソロ活動へ。
'95年のライブに行ったが、やはり一人でフォークギターを抱えて出てきたミチロウに瞬間ガッカリしたが、演奏が始るやいなや、その演奏に圧倒された!一人で「ザ・スターリン」をやってるようなものだ。その後、いろいろなユニットと平行しながら、弾語りスタイルで各地へのライブを精力的に行っている。伝説なんかになっていない、途切れなく何らかの形で演奏をし続ける遠藤ミチロウはすごい人なのである。



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